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犬を知る Vol.3

公開日:2025/01/10 更新日:2025/02/26

『保護犬を迎えるということ』

2023.11.2 SUZUKOUBOU店長のすずあつです。 実は、先日ほちゃと一緒に譲渡会へ参加した際に、結構な頻度で「保護犬は可哀想」というワードを聞きました。また「可哀想だから何とかしてあげたい」とも。 確かにそういったお気持ちがきっかけで、保護犬と家族になろうとして下さる方も多いと思います。ただ、保護犬は「可哀想」ばかりでもないんです。 今まで、私が何頭もの保護犬を預かり、一緒に暮らしていく中でいつも感じることは、保護犬(※特に、野犬出身の場合の保護犬になるかと思います)の懐の深さとたくましさです。
よく聞く話に、「保護犬のワンちゃんはうちの子よりずっとイイ子」というフレーズがあります。 この場合の「うちの子」というのは、だいたい子犬からずっと家庭で大切にされ、家族と一緒に暮らしてきた子たちが多いのですが、その子たちと比べて、いわゆる「保護犬」たちの経験値は、良くも悪くも圧倒的なものがあります。 各自治体のセンターに収容されるまで、彼らがどういった経緯で捨てられたり、放浪したり、捕獲されたりすることになったのかは分かりませんが、その中で彼らは嬉しいことも恐ろしいことも嫌なことも、それこそ私たちの想像も及ばないような様々な体験をし、それを自分が生き延びていくための糧として蓄えていったのだと思います。
例えばうちの福ちゃん、夜が大・大・大好きです。 臆病な福太郎は、放浪していた時に日中は山間にひそんで人の目から逃れ、夜になって人が居なくなると出てきて、食べ物を探したりしていたのだと思われます。 なので、闇夜の方が勝手がいいらしく、未だに日中の散歩はそれほどテンション上がりませんが、夜の散歩となると俄然元気になってグイグイいきます。 これは、野犬だった福太郎が生きていくために付けた、知恵のひとつなわけです。 例えば、野犬だった子がセンターへ収容されたらされたで、大部屋だったら喧嘩に巻き込まれたりしないよう他犬の動向を常に感じ取り、強いもの弱いものへの接し方を考え、自身の身の振り方を対処する必要がありますし、たまに部屋に入ってくる人間とも対峙し、危害を加えられないか慎重に様子を伺うなど、今度はセンターという狭い世界の中で、うまく生き延びていくことを考えないといけません。 こうした過酷な生活の中で身に付けてきた彼らの生きていく力は、小さい時から飼い主に守られて育ってきたいち家庭犬が敵うわけもなく、彼らは出るべきところ・引くべきところなどの状況判断に非常に長けており、分かりやすく言うと「無駄に波風を立てない」生き方を心得ています。
ですので、保護犬は決して弱くて「可哀想」な存在ではありません。 確かに、今まで通ってきた境遇は決して恵まれてはいなかったと思います。怖い事も辛いこともいっぱいあったでしょう。でも、そんな中でも彼らは常に誇り高く前向きで、毎日を精一杯生き抜いてきたのだと思います。 そんな彼らに「可哀想」というお気持ちは不要です。 それよりも、里親さんやこれからいつか里親になろうと考えている方には、ぜひお願いしたいことがあります。 それは、彼らが「この人なら自分の一生を預けられる」「この人なら安心して付いていける」と思えるような、肝の座った大きな存在になっていただきたいということです。 今まで安定した平穏な日々を持てなかった保護犬たちにとって、これからはちょっとやそっとのことでは動じないブレない、強いオーラを感じられる存在が常に身近に感じられること、これ以上の安心と幸せは無いと思っています。 これから保護犬を迎えられる機会がありましたら、そういえばこんな話してたな〜と、ぜひ思い出して頂ければ嬉しいです。