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台湾で270年続くお香メーカーを訪ねていた頃の話

公開日:2026/07/02 更新日:2026/07/02
お香の仕事を始めてから20年以上になります。 その間さまざまな国へ仕入れに行きましたが、今でも時々思い出す場所があります。 台湾中部の鹿港(ルーガン)です。 観光地として有名な街ですが私にとっては「お香の街」という印象の方が強いかもしれません。 なぜならここには長年お付き合いのあるお香メーカーがあるからです。 その名は施金玉三房。 創業は1756年。 現在では創業から270年の歴史を数えます。
鹿港にある施金玉三房。私が通っていた頃の写真です。看板には「傳承七代(七代継承)」の文字が見えます。
日本で言えばまだ江戸時代。 そんな時代から代々受け継がれてきた、台湾でも歴史あるお香メーカーのひとつです。 私が通っていた頃は7代目の施さんが中心となっていました。 訪問するといつも笑顔で迎えてくれました。 そして毎回のように昼食をご馳走してくれたのを覚えています。 実は私は中国語が話せません。 当時も今もほとんど身振り手振りです。 施さんも日本語は話せませんでした。 商談も簡単な単語とジェスチャー。 今思うとよくあれで商売になっていたなと思います。 それでも不思議と長年付き合いは続きました。 お香の話をしたり台湾の話をしたり。 細かいことは通じなくてもお互い何となく分かるものです。 商談というより親戚の家へ遊びに行ったような時間でした。
店内に飾られていた写真。1995年に李登輝総統が施金玉香舗を訪問した際の記念写真です。長い歴史を持つ香舗であることを感じさせます。
店内には1995年に李登輝総統が来訪した際の写真が飾られていました。 当時は「へぇ、すごいな」くらいに思っていましたが、今振り返ると270年続く香舗の歴史の重みを感じます。 長く商売を続けるというのは簡単なことではありません。 親から子へ、そして孫へ。 そうやって受け継がれてきたからこそ今の8代目につながっているのでしょう。 ただ残念ながら施さんは数年前に亡くなられてしまいました。 訃報を聞いた時は本当に寂しく感じました。 しかし現在は8代目が事業を引き継ぎしっかりと暖簾を守っています。 270年という歴史は今も続いています。 そんな鹿港で今でも忘れられない出来事があります。 ある年、私は特に何も考えず台湾行きの航空券を予約しました。 現地へ着いてから気付いたのです。 春節だったことに。 台湾最大の連休です。 街中には人があふれ、どこへ行っても大混雑。 そして鹿港天后宮へ行ってその理由を実感しました。
春節時期の鹿港天后宮。境内に入りきらないほどの参拝客で埋め尽くされていました。台湾のお香文化と信仰の熱気を初めて肌で感じた光景です。
境内は参拝客で埋め尽くされ、お香の煙が立ち込めています。 歩くのも大変なくらいの人の波。 健康を願う人。 商売繁盛を願う人。 家族の幸せを願う人。 多くの人がお香を手に参拝していました。
2011年2月7日春節の鹿港天后宮。それぞれに願いを込めお香を捧げています。
日本の初詣を思わせる雰囲気ですが、その熱気は想像以上でした。 「台湾では今もお香や信仰が生活の中に根付いている」 そんなことを強く感じたのを覚えています。 しかし本当の試練は帰りでした。 当時の鹿港にはホテルがほとんどありません。 念のため宿を探しましたが、片っ端から電話しても満室。 春節なのだから当然です。 仕方なく路線バスで台中まで出ました。
春節の台湾を甘く見た結果がこれ。新幹線も高速バスも満席で、最後に手にした無座券です。この時ばかりは本気で帰れないかと思いました。 ところが今度は台中から先の交通手段がありません。 新幹線は満席。 特急も満席。 快速も満席。 高速バスまで満席。 完全に途方に暮れました。 最終的に乗れたのはローカル線でした。 しかも車内は超満員です。 座るどころではありません。 乗客同士がおしくらまんじゅう状態。 そのまま3時間近く立ちっぱなしでした。 今思い出してもなかなかの苦行です。 それでも不思議と嫌な思い出ではありません。 真っ先に思い出すのは、鹿港天后宮の人の多さと、お香の香りです。 そして施さんの笑顔です。 お香は商品として見ることもできます。 香りとして楽しむこともできます。 でも、その背景には人がいます。 歴史があります。 文化があります。 そして縁があります。 言葉もろくに通じない私を、いつも笑顔で迎えてくれた施さん。 昼食をご馳走になりながら身振り手振りで話した時間。 現在は8代目が事業を引き継ぎSNSなどを活用しながら経営しています。 注文や連絡もスマートフォンひとつで済むようになり本当に便利な時代になりました。 そのおかげで以前のように鹿港まで足を運ぶ機会も少なくなりました。 それでも鹿港と聞くと真っ先に思い出すのは春節の人混みや満員電車、そして施さんの笑顔です。 お香の仕事を続けてきて良かったと思う理由のひとつが、あの出会いだったように思います。 そして今でも施金玉三房のお香の香りに触れると、鹿港の街並みや施さんの笑顔を思い出します。 追記 施金玉三房は1756年創業の台湾のお香メーカーです。 私がお付き合いを始めた頃には既に250年の歴史がありましたが、現在では創業から270年を迎えています。 また、鹿港は台湾中部の彰化県にある歴史ある港町で台湾を代表する媽祖信仰の中心地のひとつとして知られています。 記事中で触れた鹿港天后宮は多くの参拝客が訪れる台湾有数の廟で、春節などの時期には街全体が大変な賑わいになります。