ようこそ 楽天市場へ

土用の丑の日、うなぎじゃなくてもよかったって本当?

公開日:2026/07/11 更新日:2026/08/03

実は、うなぎだけの日ではなかった

「土用の丑の日」と聞いて、思い浮かぶのはうなぎ。 でも、昔から食べられてきたのは、うなぎだけではありませんでした。 「う」のつく食べ物を口にする。そんな風習が、各地に伝わっています。つまり、うなぎでなくてもよかった。 それでも、200年以上たった今も、夏の土用といえば、うなぎ。 数ある「う」のなかで、なぜうなぎだけが、これほど長く残ったのでしょうか。 知っているようで、意外と知らない。夏の一日をたどります。

そもそも「土用の丑の日」って、いつ?

土用というと、夏を思い浮かべる方が多いかもしれません。 しかし土用は、立春・立夏・立秋・立冬、それぞれの直前にある約18日間のこと。本来は夏だけでなく、年に4回あります。 昔は、年だけでなく、月や日にも「子・丑・寅……」と十二支を当てていました。 その土用の期間に巡ってくる「丑」の日。 それが、土用の丑の日です。 では、なぜ丑の日に「う」のつく食べ物なのでしょう。

「う」のつく食べ物とは?

暑さが厳しくなる頃。 昔の人は、食べ物に「健康に夏を乗り切りたい」という願いを込めました。 丑の日の「う」にちなんで、「う」のつくものを食べる。そんな風習が、古くから伝わっています。 ・のどごしのよい、うどん。 ・水気をたっぷり含んだ、瓜。 ・酸味のきいた、梅干し。 ・精のつく、うなぎ。 きっかけは、覚えやすい語呂合わせだったのかもしれません。 それでも、夏の風物詩としてひときわ強く残ったのは、うなぎでした。 そして、その始まりを調べると、ある人物の名前に辿り着きます。

それは、ある学者の思いつき?

江戸時代のこと。 あるうなぎ屋が、こんな相談を持ちかけました。 「夏になると、うなぎが売れない。よい知恵はないだろうか」 相談を受けたのは、学者の平賀源内。 源内は店先にこう書いた張り紙を出すよう、勧めます。 「本日、土用の丑の日」 すると店はたちまち繁盛し、他のうなぎ屋も真似をするようになった。 土用の丑の日にうなぎを食べる由来として、よく知られた話です。 ただ、これは諸説あるうちの、ひとつ。 では、江戸の人たちは本当に、丑の日とうなぎを結びつけていたのでしょうか。

約200年前の案内書に残る「丑日元祖」

その手がかりが、江戸時代の買い物案内に残っています。 文政7年、1824年に刊行された『江戸買物独案内』。 今でいう、お店のガイドブックのようなものです。 ここに、たくさんのうなぎ屋が載っています。 そのなかで、神田の春木屋は「丑日」「元祖」とうたっていました。 この頃すでに「丑の日」と「うなぎ」の組み合わせが、店の看板になるほど知られていた。

しかし、一枚の張り紙で、200年続く?

いいえ。 もし張り紙が本当にきっかけだったとしても、その影響は、当日の客足だけ。 翌年も、その翌年も人を動かすには、思い出すきっかけと、もう一度食べたくなる理由が必要です。 土用の丑の日には、その両方がありました。 その日は、毎年巡ってくる。 「う」の語呂合わせは、覚えやすく、人にも話しやすい。 そして、うなぎを焼く香ばしい匂い。 照りのある蒲焼に、甘辛いたれ。 炊きたてのご飯とほおばる、少し特別な夏のごちそう。 丑の日が過ぎ、夏が終わり、また次の夏が来る。 そのたびに、うなぎ屋は張り紙を出し、人は箸をとる。 売り文句だったかもしれない言葉は、その積み重ねのなかで、いつしか夏の恒例行事に変わっていったのでしょう。

今年の土用の丑の日、何を食べますか。

200年、受け継がれてきた夏の一膳を。 お好みの食べ方でどうぞ。 蒲焼|ご飯と味わう 香ばしく焼いたうなぎに、甘辛いたれ。 炊きたてのご飯と楽しむ、丑の日の王道です。
白焼|素材の味を楽しむ たれを付けずに焼いた、すっきりとした味わい。 わさび醤油や塩、お好みの薬味でどうぞ。
佃煮|晩酌のお供に うなぎの旨みを、じっくり炊いて閉じ込めました。 ひと切れで、お酒が進みます。