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ふりかけの歴史

公開日:2026/10/02 更新日:2026/10/15

ふりかけって?!

マンドリルカレーのフカザワです! 先日、加藤産業さんの展示会に出展していたとき、丸美屋さんがブースに来てくださいました。ふりかけの「のりたま」で知られる、あの丸美屋さんです。 丸美屋さん👨‍⚖️「はじめまして、丸美屋の〇〇です。カレー屋のふりかけが主要なスーパーに秋から棚に並ぶらしいのですが、私たちはほとんどのふりかけを熟知してるつもりが、御社のふりかけを知らなかったので、ブースに来ました。」 フカザワ👳‍♂️「え、どこのスーパーですか?!わざわざすみません、、」 その話をきっかけに、ふりかけってそもそもいつ、誰が始めたものなんだろうと改めて調べてみました。今回は、ふりかけの歴史と、作っている会社、そしてカレーのふりかけについてまとめてみます。

ふりかけは薬局で売られていた

ふりかけの元祖とされているのは、熊本で生まれた「御飯の友」という商品です。考えたのは、熊本の薬剤師だった吉丸末吉さん。大正時代のはじめ、1913年ごろのことだそうです。 当時の日本は食料が足りず、多くの人がカルシウム不足に悩んでいました。そこで吉丸さんは、魚の骨を砕いてご飯にかけて食べることを思いつきます。小魚を乾燥させて粉にし、青のりやごまを加えて、おいしく食べられるように工夫しました。 薬剤師が考えた栄養食だったので、最初は食料品店ではなく薬局で売られていたそうです。 なんだかスパイスと近いです!? 湿気を防ぐために口の狭い瓶に詰められ、今も「御飯の友」は熊本のフタバという会社が作り続けています。 戦時中は、保存がきいて軽いことから軍の食料としても使われました。ふりかけが家庭の味として全国に広がるのは、戦後になってからです。

「のりたま」

丸美屋のふりかけづくりは、戦前から始まっています。1927年には、丸美屋食品研究所(のちの丸美屋食品工業)が、イシモチという白身魚を使った「是はうまい」というふりかけを売り出しました。当時は三越で売られる高級品だったそうです。 会社として丸美屋食品工業が創業したのは1951年。創業者は阿部末吉さんです。ふりかけの元祖を考えた吉丸さんと、同じ「末吉」という名前なのは偶然とはいえ面白いところです。 そして1960年、「のりたま」が発売されます。 きっかけは、阿部さんが泊まった旅館の朝ごはんに出てきた卵と海苔でした。どちらも当時は贅沢品で、それを家庭で気軽に味わえるようにしたいという思いから生まれた商品です。 のりたまは発売から60年以上たった今も、ふりかけの代名詞のような存在です。その間、時代ごとの好みに合わせて何度もリニューアルを重ねてきました。「変わらない味」と言われ続けるために、実は少しずつ変わり続けている。 作り手として、とても考えさせられる話です。

カレーのふりかけ

僕たちがカレー屋のふりかけを作ったのは、スパイスをもっと気軽に、毎日の食卓で楽しんでほしいと思ったからです。 カレーを作るのはハードルが高くても、ご飯にひと振りなら誰でもできます。 2025年2月にはボトルタイプのSPICYとBASICも出しました。今ではヤオコー、ロピア、ライフ、オークワといったスーパーにも置いていただけるようになり、フジテレビの「ノンストップ!」でも紹介していただきました。 大正時代、ひとりの薬剤師が栄養のために考えたふりかけは、戦後に丸美屋をはじめとする会社が家庭の味へと育ててきました。100年以上続くその流れの、ほんの端っこに、神戸のカレー屋が加わらせてもらっている。展示会で丸美屋さんと話しながら、そんなことを考えていました。 これからも、ふりかけをきっかけにスパイスのある暮らしを広げていけたらと思います。今後ともよろしくお願いいたします。 Mandrillus.INC CHOICE IS YOURS 深澤宏樹 #マンドリルカレー #神戸 #神戸カレー #カレー #スパイス #スパイスカレー #スパイスのある暮らし #食品メーカー #商品開発 #商品づくり #食の仕事 #食ビジネス #ブランドづくり #神戸グルメ #レシピ #ふりかけ