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名画が筆記具に。ヴィスコンティ ファン・ゴッホシリーズ

公開日:2025/10/02 更新日:2025/10/30

ヴィスコンティ ファン・ゴッホシリーズ

ヴィスコンティの筆記具には複数のシリーズがあります。オランダの画家、レンブラントをリスペクトした「レンブラント」シリーズ、ダンテ・アリギエーリの「コメディア(神曲)」シリーズなど。 ヴィスコンティの「ファンゴッホ」シリーズは、オランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の作品をモチーフにした筆記用具です。 ゴッホは27歳で画家を志し、37歳で没するまでの約10年間にたくさんの作品を残しました。今回はヴィスコンティの商品を通じて、ゴッホの生涯と作品をご紹介します。 いずれの商品も万年筆、ローラーペン、ボールペンの3種展開。作品ごとに違う筆記用具でそろえる方もおられます。

オランダ時代

『ジャガイモを食べる人々』(1885年/ファン・ゴッホ美術館所蔵) ゴッホの画家としてのキャリア初期(ニューネン時代)に描かれたものです。ゴッホの「暗黒の時代」や、「薄闇の時代」などと称されることがあります。同時にその時代を代表する作品とも言われております。 後期のゴッホの作品に比べて、暗めの色合いが特徴です。

パリ時代

『花魁(おいらん)』(1887年/ファン・ゴッホ美術館所蔵) 『梅の花』(1887年/ファン・ゴッホ美術館所蔵) ゴッホはその後パリに移ります。当時のパリでは印象派や新印象派が盛んでした。この頃からゴッホは明るい色彩で絵を描くようになりました。また、ジャポニズムの影響で当時の画家たちが日本の浮世絵をモチーフにした作品を残しました。ゴッホも浮世絵のコレクションや模写を残しています。現在、『花魁』、『梅の花』、『雨の橋』(歌川広重「大はし あたけの夕立」)の3点がゴッホの浮世絵模写作品として伝わります。 『花魁(おいらん)』渓斎英泉(けいさいえいせん)の浮世絵『雲竜打掛の花魁』を、『梅の花』は歌川広重の『名所江戸百景 亀戸梅屋敷』の模写作品です。 アムステルダムのファン・ゴッホ美術館には彼の浮世絵コレクションも収蔵されています。

アルル時代

『小説を読む人』(1888年/個人蔵) 『花咲く桃の木(モーヴへの追憶)』(1888年/クレラー・ミュラー美術館所蔵) 『夜のカフェテラス』(1888年/クレラー・ミュラー美術館所蔵) 『赤い葡萄畑』(1888年/プーシキン美術館所蔵)
1888年、ゴッホはパリから南フランスのアルルに移りました。花咲く果樹をモチーフとした『花咲く桃の木』、明るい色調で夜を描いた『夜のカフェテラス』などは、この時期の作品です。 『夜のカフェテラス』は2025年秋~2026年夏にかけて、兵庫、福島、東京で展示されます。 1888年10月末からゴッホはアルルにてポール・ゴーギャン(ゴーガン)との共同生活を始めましたが、間もなく破綻し、サン=レミの療養所に移ります。

サン=レミ時代

『星月夜』(1889年/ニューヨーク近代美術館所蔵) 『自画像(渦巻く青い背景の自画像)』(1889年/オルセー美術館所蔵) 1889年5月、ゴッホはアルルを離れ、サン=レミの療養所に移りました。この時期の彼は療養所の庭やそこから見える山並みなどの作品を残しています。『星月夜』や『自画像(渦巻く青い背景の自画像)』はこの頃描かれたものです。

オーヴェル時代

『農婦のいる古い葡萄畑』(1890年/ファン・ゴッホ美術館所蔵) 『カラスのいる麦畑』(1890年/ファン・ゴッホ美術館所蔵) ゴッホは晩年、フランスのオーヴェルで絵画制作に専念しました。『カラスのいる麦畑』はゴッホの最晩年の作品の一つです。
1890年7月、ゴッホは37年の生涯を終えました。生前は不遇だったとも言われていますが、彼の没後、弟のテオ、ヨー夫妻とその息子フィンセント・ウィレムらの努力によって、彼の作品は世界中から高い評価を得ることになりました。 日本でも大人気のゴッホ。ヴィスコンティの筆記具にはゴッホの作品を印刷した専用ボックスとしおりもついています。美術館に作品を観に行くのももちろん素晴らしいですが、絵をモチーフにした筆記具で、日常に芸術を取り入れてみませんか?
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