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一生モノになる大人のアウター。Barbour(バブアー)の魅力を伝えたい

公開日:2024/10/23 更新日:2026/10/23
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  • 英国紳士のアウトドアジャケット。 バブアーにはそういう顔があります。 ただ、出発点はまったく違う場所にありました。 バブアーは1894年、イングランド北東部の港町で、船乗りに油布を売る店として始まっています。 紳士のための服ではなく、濡れたら死ぬ仕事のための服でした。 今回はこの秋冬も大本命アウターの1つであるバブアーの魅力と人気の理由をお届けします。

    |1894年、港町の油布屋

    創業者はスコットランド人のジョン・バブアー。 1894年、イングランド北東部サウスシールズのマーケットプレイス5番地に店を構えました。 この場所が重要です。 サウスシールズはタイン川の河口にある、当時きわめて忙しい港町でした。 扱ったのはオイルスキン、つまり油を染み込ませた防水布の衣類。 売り先は船乗り、漁師、海で働く人たちです。 英国の最悪の天候から体を守るための道具を売る店でした。 この順番が、バブアーを理解する鍵になります。 ファッションから始まって機能を足したブランドではなく、仕事の道具から始まって、あとから紳士の服になったブランドです。 1912年にJ. Barbour & Sons として法人化されました。 以来、会社の経営は一貫してバブアー家の人間が担っています。 現在は5代目にあたるヘレン・バブアーが1997年から副会長を務め、一族が唯一の株主です。

    |記者になりたかった2代目

    バブアーが港町から世界へ出たきっかけは、1冊のカタログでした。 1908年、2代目のマルコム・バブアーが通信販売用のカタログを作ります。 公式の社史に、こんな一文が添えられています。 「彼は密かにジャーナリストになりたかった」と。 その素質が活きたのかもしれません。 1917年には、カタログ経由の売上が事業全体の4分の3近くを占めるまでになりました。 注文が届いた先を見ると、その広がりが分かります。 南アフリカ、香港、チリ、フォークランド諸島。 港にやってくる船乗りたちが世界中へ運んだ、という構図です。 店舗を増やして広がったのではなく、注文書と小包が先に世界へ出ていきました。 いまバブアーが「英国の」ブランドとして世界で通じているのは、創業から14年目に始めたこの紙のカタログが土台になっています。

    |艦長が私費で作らせた服

    バブアーの歴史でもっとも異様な一着が、アーシュラスーツです。 1937年、ジョージ・フィリップスという人物が潜水艦HMSアーシュラの艦長に就きました。 彼は海軍の支給品の防水性に満足していませんでした。 あるとき、乗員の1人がバブアーのワンピース型のスーツを着ているのに気づきます。 モーターサイクル用の、つなぎです。 フィリップスはサウスシールズのバブアーを自ら訪ね、改造を依頼しました。 ワンピースを上下に切り分け、ジャケットにフードを付け、ズボンの腰と足首にゴムを入れる仕様です。 潜水艦の見張り番が、荒れた海の波を浴び続けるための形です。 最初の試作は1939年ごろ。製造されたのは20着に満たないとされ、しかも艦長が自分の乗員のために私費で作らせたものでした。 性能が証明されると話が変わります。 1941年から42年にかけて、英海軍の全潜水艦向けに正式発注がかかりました。 このときはバブアー1社では足りず、ケントのローレンス・ネイダス社との2社生産になっています。 民間向けのタータンの裏地は、濃紺の厚手コットンに替えられました。 当時の乗員の言葉が残っています。 「波が艦橋の手すりを越えて固まりで入ってくるとき、 唯一の慰めはバブアーのスーツが与えてくれる快適さだった」

    |1936年、ISDTのために

    もう1つの系譜が、モーターサイクルです。 1936年、3代目のダンカン・バブアーがワンピース型のワックスコットンスーツを発表します。 名前はバブアー インターナショナル。 名前の由来が直球です。 国際6日間トライアル(ISDT)という競技のために作られ、その大会の名前をそのまま冠しました。 ダンカン自身が熱心なモーターサイクリストでした。 1947年には民間のライダーにも開放され、1950年代から70年代にかけてISDTを走るライダーのほぼ全員がこれを着ていたとされます。 1964年、そこに有名な一行が加わります。 東ドイツで開かれるISDTに向かう途中、アメリカ代表チームがロンドンに立ち寄り、自分たちのバブアー インターナショナルを買っていきました。 チームにいたのが俳優のスティーブ・マックィーンと、スタントライダーのバド・エキンス。 『大脱走』のフェンス越えを飛んだ人物です。 マックィーンが着たのはA7というモデルでした。 レースのために作った服が、結果として映画スターの記号になりました。 狙って作ったイメージではないという点が、このブランドらしいところです。

    |161のパーツと36人の職人技

    バブアーの本社、工場、アーカイブ、そして修理工房は、いまもサウスシールズにあります。 1981年に移転したサイモンサイドの工場が現在地です。 ここでビデイルとビューフォートが、いまも手作業で縫われています。 現地を取材した海外の業界誌が、具体的な数字を書き残しています。 ●サウスシールズ工場(海外業界誌の取材記事より)  1日の生産:約600〜700着/週あたり約3,000着  1着あたりの製作時間:60〜90分  1着に関わる人数:約36人  ビデイル1着に使うパーツ数:161点  修理工房のスタッフ:仕立て職人とワックス職人、計18人 ビデイル1着に、161のパーツが入ります。 この数字の意味は、裏返して考えると分かります。 161点のパーツを36人が順に受け渡して1着にする工程は、どこかを機械に置き換えれば必ず速くなるはずのものです。 それを130年続けてきた会社が、いまも同じ町で同じようにやっています。 アーカイブは1910年までさかのぼる現物を収蔵していて、毎シーズンの設計の参照元になっています。 デザイン開発の責任者ギャリー・ジェインズは、バブアーに来る前にナイジェル・ケーボンのもとで15年間、パターンカットを担当していた人物です。 過去の服が資料として手元にあり、それを読める人間が設計しています。 復刻が名前だけにならない理由がここにあります。

    |1921年から続く修理ビジネス

    バブアーを「一生モノ」と言うとき、根拠はここに置くべきだと思います。 再ワックス加工と修理のサービスを始めたのは、1921年です。 カタログを作ったあのマルコム・バブアーが導入しました。 公式サイトは「あなたのジャケットの寿命を100年以上にわたって延ばしてきました」と書いています。 創業から27年目に修理の窓口を作り、それを100年以上続けてきました。 つまりバブアーは、売ったあとの時間を前提に商売を設計しています。 現在の体制も具体的です。 サウスシールズの修理工房には仕立て職人とワックス職人が18人。 修理や再ワックスの納期は6〜8週間。 再ワックス加工そのものの作業時間は15分ほどで、英国内の料金は30ポンドです。 本国イギリスには古いジャケットを次の持ち主へ渡す「Re-Loved」という仕組みもあります。 処分するのではなく、手を入れて新しい家へ送る、という考え方です。 取材記事には、1,000ドルを払って愛用のジャケットを直すと言い張った客の話が出てきます。 修理代が新品の価格に近づいても直す人がいます。 そういう服として扱われている、ということです。 バブアーを買った瞬間に手に入るのは「一生の相棒」。 バブアーのジャケットは、世代を越えて受け渡され、つぎあてと物語を拾っていくもの、という位置づけです。

    |王室御用達が消えた理由

    バブアーのタグには長いあいだ、3つの王室御用達の紋章が並んでいました。 1974年:エディンバラ公フィリップ殿下 1982年:エリザベス女王 1987年:プリンス・オブ・ウェールズ 3人の上位王族から同時に授かっている企業は、ごく少数です。 ところが近年、この紋章がタグから消えました。 理由は制度にあります。 王室御用達は、授けた本人が亡くなると失効します。 2021年4月にフィリップ殿下が逝去し、3つが2つになりました。 2022年9月にエリザベス女王が逝去。 さらにプリンス・オブ・ウェールズがチャールズ国王として即位したため、王子としての御用達は適用されなくなります。 結果として、紋章がゼロになった時期が生まれました。 そして2024年5月、J. Barbour & Sons はチャールズ国王から新たに御用達を授かりました。 対象はアウターウェア、衣類、フットウェア、アクセサリー。 2026年現在の新しい在庫には、この1つが入っています。 紋章の数が年代の手がかりになる一方で、製造と流通の時間差があるため、正確な製造年の判定には使えません。 紋章がないバブアーが偽物ということでもありません。 移行期に作られた本物が、実際に流通しています。 いつかこれが希少なヴィンテージとして扱われる日も来るのではないでしょうか。

    |バブアーはこんな方におすすめ

    大人の男性に向くブランドかと聞かれたら、理由は3つあります。 1つめは、買ったあとの時間が設計されていること。 1921年から続く修理と再ワックスの窓口があり、6〜8週間かければ元の状態に戻せます。 10年後に同じ服を着ている前提で買えるアウターは、そう多くありません。 2つめは、着込むほど見栄えが良くなること。 ワックスコットンは、襟や袖口から蝋が抜けて色が変わっていきます。 新品がいちばん綺麗な服ではなく、自分が着た時間がそのまま表に出る服です。 3つめは、文脈を説明しなくていいこと。 潜水艦の見張りのために作られ、ISDTを走り、王室が使い、いまも同じ町で縫われています。 この背景は、服そのものが語ってくれます。 街と里山、犬の散歩、雨の日の駅までの道。 そんな秋冬の日常に必要なのは、必ずしも最新のGORE-TEXメンブレンを備えたハードシェルジャケットではありません。 そういう日常の高さで何十年も付き合う服としてバブアーを選ぶのが大人の「粋」な選択です。
    バブアーは1894年、サウスシールズの港町で船乗りに油布を売る店として始まりました。 紳士の服ではなく、仕事の道具が出発点です。 1908年のカタログが注文を世界へ広げ、1937年には潜水艦の艦長が私費でアーシュラスーツを作らせました。 1936年にはISDTのためのバブアー インターナショナルが生まれ、1964年にスティーブ・マックィーンがそれを着ました。 いまもサウスシールズで、ビデイル1着に161のパーツと36人の手が入ります。 そして修理の窓口は1921年から開いたままです。 英国紳士のアウトドアジャケットという言い方は、結果としてそうなった姿を指しています。 中身はずっと、濡れて働く人のための道具のままです。 だからこの服は、買った日がいちばん綺麗ではありません。

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