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はじめまして!キムチ屋の黄(ファン)です。

公開日:2026/07/09 更新日:2026/10/19
黄さんの手造りキムチ高麗食品の工場長の黄(ファン)と申します。 【自己紹介】 大阪市生野区の中川東という住宅とアパート、町工場の入り混じった町で、キムチ屋さんの4人兄弟の末っ子として生まれました。鶴橋や御幸森のコリアンタウンからは、自転車で15分ほどかかる距離です。家庭内でも学校でも地域でも日本語を使う環境で、今でも日本語しか喋れません。一応、小学校から中学校までは韓国語を学び読み書きは出来ますが、発音がね~。 また、キムチ屋さんという特殊な家柄か、物心ついた頃からキムチを食べており保育園で聞かれた好きな食べ物にキムチ!!と答える子供でした(笑) 母の作る料理は韓国の家庭料理と日本の家庭料理で7:3くらいだったでしょうか。日本の家庭料理といっても、ハンバーグや八宝菜も含まれますので純和風は少なかったかと思います。 もちろん、毎食欠かさずキムチは食卓にありました。今でもキムチが好きな食べ物で、大好きなキムチを沢山の人に食べてもらいたいという想いで、毎日色んなキムチや商品のことを考えています。
【会社紹介】 韓国生まれの祖母が大阪市生野区で台車にキムチを載せ行商を始めたのが1970年。幼い頃から本場のキムチの味に慣れ親しんだ祖母が作るキムチの味は好評で、数年後には大阪市生野区で店舗を構える事ができました。その味付けを、娘である母に伝え、その後、母も1976年にキムチ専門店を大阪市生野区に開業しました。キムチが現在のように人気になるずっと前から、地道な商売に精を出し、昔ながらの味を守る一方で、日本人の味覚に受け入れられる「あっさりした辛さの中に、旨さがある」味を模索しながら、風味の良い上質な唐辛子と出汁の旨みを組み合わせることでキムチの辛みを食べやすくまろやかにし、当初は地域に住む在日韓国人にしか売れなかったキムチが、徐々に遠方から買いに来るようなお客様も現れ、味にうるさい大阪で不動の人気を築き上げてきました。 キムチが日本の食卓に上るようになったことに関して、キムチを作る立場の者として、そして、韓国にルーツを持つ、ひとりの人間として、「大きな喜び」と「誇り」を感じています。また、キムチが大好きでたまらない自分にとって、「キムチが好き」と言ってくれる人が増え、嬉しく思っています。 しかし、キムチが一般的な食卓に上がる様になり30数年ほどしか経っておらず、キムチの知識や料理法など知らない方も多いです。 僕もキムチの勉強をしている最中ですし、学んだことをここに書くことで、皆と共有したり、キムチに興味をもつ人がもっと増えてくれればと思っています♪ 継続できるよう、あまり無理せずボチボチの更新を目指して頑張りますので、宜しくお願いします!!