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紅花と大石田【大石田通信】

公開日:2025/01/16 更新日:2026/10/07

まゆはきを 俤にして 紅粉の花

まゆはきを  俤(おもかげ)にして  紅粉(べに)の花 芭蕉(奥の細道) こちらの句は芭蕉が大石田のお隣の町、尾花沢で詠んだ俳句です。 「名産の紅花を見ていると、女性が化粧につかう眉掃きのかたちを彷彿とさせる」  との意味です。 江戸時代、山形では紅花の栽培が盛んに行われ、最上川舟運、北前船により京都や大阪まで運ばれ、口紅や染料として大変重宝されました。 最上川舟運の最大の中継地であった大石田には多くの紅花が集められました。 この舟運により大石田は、上方との文物の交流が活発になります。 京都・大阪からの帰りの舟には、紅花で染められた着物を身にまとった優美なおひなさまも乗せられていました。
大石田にはそれらのお雛様を各家庭で飾り付け、子供たちが見て回るという「おひなみ」という風習がありました。 その時代の「享保雛」や「古今雛」は、今も大切に守り継がれており、春になると「大石田雛人形展」が開催され、大石田町民の目を楽しませてくれます。 いげたやでは大石田にとって舟運文化でゆかりの深い「紅花」を使ったお漬物を作っています。 紅花の優しい彩りをお楽しみください。
---------------------------------- ライター:いげっち 明治六年創業 漬物・味噌屋の店長。 「気がつけば いつものんまぁい ここにある」と言っていただけるような食卓のお供づくりをいたします。