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5月5日子供の日(端午の節句)のこと

公開日:2025/04/28 更新日:2025/07/05

🌿節句について

古(いにしえ)の時代―― 人々は、自然の移ろいのなかに、目に見えぬ大きな力を感じていました。 草木が芽吹き、花が咲き、虫が羽ばたく。 その一方で、病が流行り、天災が人々の暮らしを脅かすこともありました。 季節の変わり目は今も風邪をひきやすかったり、湿度が変わり、カビ等が発生しやすかったり、と難しい時期です。 移り変わる喜びもあり、また危うさが入り混じるこの時、 人は祈り、備え、祝うことで、自らと世界の調和を願っていました。 紀元前の中国では、―― この「節(ふし)」の時を重んじ、邪気を払うために特別な行事が営まれていました。 それが「節句(せっく)」のはじまりです。 古代中国の暦では、陽(奇数)と陰(偶数)の考え方を大切にし、 特に奇数の月と日が重なる日は、陽が極まって陰に転ずる「境目」とされました。 1月1日 3月3日 5月5日 7月7日 9月9日 これらの「重日(ちょうじつ)」に、邪気を払うための行事が営まれたのです。 これが、後に日本へと伝わり、「五節句」として定着していきます。 いよいよ日本へ ―― 日本では、奈良時代、律令制度のもとで正式に「節会(せちえ)」という宮中行事に組み込まれました。 天皇や貴族たちは、節句の日ごとに、宴を開き、詩を詠み、季節の草花を供え、無病息災と五穀豊穣を祈りました。 その内容の例としては―― 1月1日は元旦 1年の始まりです 1月7日は、春の七草を摘み、邪気を払い、五臓を養う「七草粥」の習わしへ。 3月3日は、上巳の節句として、流し雛に災厄を託して川へ流す「禊ぎ」の行事へ。 5月5日は、端午の節句として、菖蒲やよもぎで邪気を祓う祭祀へと発展しました。 やがて平安時代、節句は貴族社会の雅な年中行事として定着していきます。
しかし、時代が下り、武家が台頭する鎌倉・室町時代になると、節句は実戦と武勇を象徴するものへと姿を変えていきました。 たとえば端午の節句では、 「菖蒲(しょうぶ)」が「尚武(しょうぶ)=武を尊ぶ」と結び付けられ、 菖蒲湯に入るだけでなく、男児の成長を祝う武家の儀礼として重んじられるようになりました。 また、紙で作った兜や鎧を身に着け、強くたくましい男子に育つよう祈願する風習も生まれたのです。 江戸時代になると 五節句は、幕府によって公式な「式日(しきじつ)」(公的な祝日)として制度化されたことにより 庶民の間にも節句の行事は広がっていきました。 端午の節句にはこいのぼりを立て、五月人形を飾り、柏餅を食す。 上巳の節句には雛人形を飾り、桃の花を愛でる。 七夕には短冊に願いを託し、星に祈る。 こうして、節句は宮廷文化から民間文化へと根を下ろし、 日本独自の豊かな季節行事となりました。

🌿端午の節句を時代を追って見てみます

■ 歴史の中の「端午の節句」 ◆ 古代中国の起源 端午(たんご)の節句の起源は、中国・戦国時代(紀元前3世紀頃)にさかのぼります。 この時代、中国では5月を「悪月(あくげつ)」と呼び、 5月5日は「悪いものが最も強くなる日」と恐れられていました。 そこで、 菖蒲(しょうぶ)やよもぎを飾る 菖蒲を束ねて身に着ける 薬草入りの酒を飲む などの厄除け行事が生まれたのです。 ◆ 日本への伝来と宮中行事 奈良時代、端午の節句は日本へ伝わり、 平安時代には宮中での正式な年中行事となります。 当時は、 菖蒲を髪に挿す 菖蒲酒を飲む 巻きものを川に流して穢れを祓う など、貴族たちが邪気払いを中心とした行事を行いました。 この頃の端午は、 「無病息災を願う禊ぎ(みそぎ)の日」という意味合いの宮中行事でした。 ◆ 武士の時代――「尚武の節句」へ 鎌倉・室町時代に入ると、端午の意味は大きく変わります。 菖蒲(しょうぶ)が「尚武(しょうぶ)=武をたっとぶ」という言葉に重ねられ、男子の武運長久、出世を祈る行事に変遷しました。 この時代から、 兜や鎧を飾る 男子に勇ましい名前を授ける といった儀式が生まれていきます。 「端午」は厄除けから、 武士社会における男子教育・立身出世の祈願儀礼へと姿を変えていきました。 ◆ 江戸時代――民間への定着と「こいのぼり」 江戸幕府が、5月5日を公式の祝日(式日)に定めてからは、 端午の節句はますます重要な行事となります。 武家では立派な鎧・兜を飾り、男子の健やかな成長を願う 町人たちは、武家に倣いながらも、より自由に楽しみ、こいのぼりを立てるようになる 特にこいのぼりは、 「鯉が滝を登って龍になる」中国の伝説(登竜門)にあやかり、 子どもたちの出世と成功を願うシンボルとして広まりました。 江戸時代には、武士も町人も、5月5日を家族で祝うようになり、 端午の節句は「男子の成長を祈る国民的行事」となりました。 ◆ 近代――こどもの日へ 戦後の1948年、祝日法により5月5日は「こどもの日」となります。 これは、男児に限らずすべての子どもたちの幸福を願う日へと意義が広げられました。
端午の歴史は、 厄除け → 武士の躍進祈願 → 民間の家族行事 → 子どもの幸福祈願 という流れで、時代とともに大きな変遷を遂げてきました。
健康を願い、家族で共に過ごす1日。 お花を飾って自然の力を味方に、気持ち良く過ごしましょう。
更新日:10/16(10/09〜10/15集計)